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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)2026号 判決 1972年11月30日

控訴人 甲金一

右訴訟代理人弁護士 重富義男

同 古山昭三郎

同 大江忠

被控訴人 乙山花子

右訴訟代理人弁護士 宮里邦雄

主文

原判決を左の通り変更する。

控訴人は被控訴人に対して金二〇〇万円およびこれに対する昭和四二年九月二六日から支払ずみまで年五分の金員を支払うべし。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

この判決の第二項は、仮に執行できる。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠関係≪省略≫

理由

一、被控訴人は昭和二三年控訴人と挙式のうえ、昭和三三年ごろまで事実上の夫婦として共同生活関係を続け、その間に生れた三人の子供たちはいずれも控訴人において認知していることは、当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫をあわせると、つぎの各事実を認めることができる。

1、控訴人は韓国人で昭和一七年ごろ、いわゆる徴用をうけ来日したものであるが、終戦後もそのまま日本にとどまり、新潟県下で当初は密造酒(闇酒)などをつくって生活していたところ、被控訴人は控訴人のつくった酒を仕入れて行商していた関係から、同二三年八月ごろ以来、両者は知り合うようになり、山田某の口ききで右両名は前記のような関係に入って同棲し、その間に前記のように三子をもうけるにいたったが、控訴人は来日以来日本語もよくわからず苦労を重ねていたところに、日本人が嫁に来てくれるというので、感謝の気持をもち、同人には金銭的には苦労をさせない覚悟で、仕事に精励し、酒の密造をやめて両人協力して飲食店を経営し、ついで、同県○○○町で昭和二八年ごろパチンコ店を開業し、同三三年ごろには群馬県○○市にもパチンコ店をもつにいたり、○○○店は被控訴人が、○○店は控訴人が主としてそれぞれ経営にあたり、子供らは同四〇年二月ごろ○○の控訴人のもとに移住するまで被控訴人の手もとで養育されていた。

2、被控訴人が末子出産後、昭和三〇年一一月ごろ、避任手術のため入院中、控訴人は○○○店を手伝っていた被控訴人の実妹春子と情交関係を生じ、そのことをめぐって両者の関係は円満を欠くにいたり、被控訴人は一時家出して佐渡の旅館で女中をしていたがやがて控訴人が出迎えて連れ戻し、両者の間はまた旧にふくし、○○店をもつようになってからは、相互に往来していたところ、昭和三六年ごろから被控訴人は韓国人である丙川こと成英明とひそかに情を通じるにいたり、これが控訴人の知るところとなって控訴人は激怒したが、同三九年一二月ごろ星山夏子、月川二郎らを交えて深更まで話し合った結果、丙川との関係を絶つためには一日も早く○○○店をとじて、被控訴人が○○に移住し控訴人と同居するほかないという結論になった。しかるに被控訴人は、右結論に容易に同調せず、子供たちをさきに○○に行かせたのちも一人で○○○に止まり、翌四〇年三月一〇日○○○店の土地建物売却代金の内金一〇〇万円を受取りながら控訴人に手交せず、また、雪田方に預けていた家財道具を同年四月二九日他所に搬出したのちは、○○にも戻らないで控訴人になにも連絡しなかった。

3、控訴人は前記のように春子と情交関係があったが、被控訴人は、控訴人が○○店々員A子とか、同じくB子、さらにはしばらく同店につとめた実妹C子とも同様の関係があったものと思惟し、しばしば両者の間に、いさかいはあったが、前述のように昭和三九年の暮ごろまでは、円満とまではいえないとしても一応、事実上の夫婦としての生活が保たれていた。

4、被控訴人は前記のようにすぐには○○にゆかず、その後昭和四〇年三月ごろ○○の控訴人のもとに戻ることになったが、そのころには、控訴人はすでに被控訴人と前記関係を継続する意思を失って、被控訴人を家に入れようともしなかったので、被控訴人は前橋家庭裁判所××支部に夫婦関係調整調停事件を申立てたが(昭和四〇年八月ごろのことで、当時被控訴人は××市の春秋園という朝鮮料理屋兼パチンコ店に勤めていた)不調に終った。被控訴人は現在東京都内で家政婦として働き、控訴人は子供たちとともに○○市に居住し平野某という女性と同棲している。

以上の各事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

二、右にみた如く控訴人と被控訴人は昭和二三年以来約一六、七年間も事実上の夫婦関係にあり、その間三子をもうけ、互いに協力して今日にいたっているのであり、控訴人が現在原判決添付別紙目録記載のような土地建物を有することは当事者間に争いなく、控訴人が現にこれを利用してパチンコ営業を営み、相当の業績をあげていることは≪証拠省略≫から明らかである。

ところで控訴人と被控訴人の右の如き従前の関係は事実上の夫婦としての男女共同生活関係であって、両人は互いに国籍を異にすることもあって当初から法律上所定の手続に従って婚姻し、正規の夫婦となる意思がなく(この点につき当審における被控訴人本人はその意思があったものの如く供述するが、弁論の全趣旨にてらして措信しがたい。もっとも原審における控訴人本人尋問の結果中には控訴人には韓国に法律上の妻があるが如く、また離婚したかの如く見える部分があるが、これを裏付ける確証がなく、結局あいまいであって、いずれも措信できない)、その意味で法律上の夫婦となることを前提としたいわゆる内縁の夫婦と呼ぶのは相当でないが、前記甲第七号証(大韓民国国民登録証)や成立に争ない同第八号証(館林市長発行の登録済証明書)中には被控訴人を控訴人の「妻」として記載して事実上夫婦としての扱いを受けており、前顕各証拠及び弁論の全趣旨によれば両人は知合ってから仲人を立てて結婚の式をあげて同棲生活に入り、両人とも事実上の夫婦として終生変らぬ共同生活を期待し、これを継続し来ったもので、その間に生れた子女はすべて控訴人の認知するところであって、周囲もまたこれを通常の夫婦同様に取り扱ってきたことが明らかであるから、両者の関係はいわゆる内縁関係に準じた社会的存在として法律上ある程度の保護が加えられるべきである。

従っていずれか一方の有責的行為によって右共同生活関係が破壊されるにいたったときは、右当事者は少くとも相手方当事者の終生変らぬ右生活関係維持の期待を裏切り、これに精神的苦痛を与えたものとして不法行為の責を免れえないものというべきである。

これを本件についてみるに、被控訴人自身にも他の男性との非違があったとはいえ、これとても控訴人との別居や控訴人の女性関係への反動に縁由するものもあることが推認され、あながちに被控訴人一人を責めるのは酷に失し、いわんやこの一事が両者の共同生活関係を決定的に破綻せしめたものとして被控訴人にその責を帰するのは相当でない。かえって控訴人においてはいちはやく被控訴人の実妹春子と不倫の関係をもち、確証こそないが、被控訴人が控訴人と被控訴人の他の実妹を含む前記のような女性らとの関係に疑惑の念を抱いていたことも弁論の全趣旨に徴し無理からぬ事情も存しないわけではなく、控訴人が被控訴人の実妹と関係するなどということ自体、控訴人のこの点の倫理感の欠如と被控訴人に対する重大な侮辱を示すものであるとともに、控訴人が女性関係にルーズであることを物語るものともいいうるところであり、現在すでに他の女性と同棲して、多年事実上の夫婦として苦楽をともにしてきた被控訴人の復縁同居を拒否していることは、控訴人が徒らに被控訴人の過失を責めるに急で、自己のそれを反省することに欠けていると称しても過言ではなく、これらの事情その他前認定の諸事実を考慮すると、控訴人こそ、被控訴人との間の共同生活関係破棄についての責を負うべきものであり、その責を果す意味において、被控訴人に対し、その精神的損害の賠償をすべきものというべきである。しかして前認定の如き両者共同生活の期間、その協力によって現に控訴人のえている資産、被控訴人の年令、その間に儲けた子女との別離その他諸般の事情を斟酌考慮するときは、その額は金二〇〇万円をもって相当と判断する。従って控訴人は被控訴人に対し右金員およびこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四二年九月二六日から支払ずみまで年五分の遅延損害金を支払うべき義務があるが、その余の義務のないことは明らかである。

よって被控訴人の請求は右の限度で理由あるものとして認容し、その余を失当として棄却すべく、これと異なる原判決を右の趣旨に変更すべきものとし、民訴法九六条九二条八九条一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 浅沼武 判事 加藤宏 園部逸夫)

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